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2021年6月2日水曜日

風柳の持ちネタ⑫ 『もう半分』

 大学に入る前、2度父に寄席に連れて行ってもらった。どちらも上野鈴本演芸場、どちらも芸術協会の興行だった。

最初はNHK「お好み演芸会」の収録があった時。トリは六代目春風亭柳橋。柳橋は『山号寺号』を軽く演じた。最後は柳家小三治司会の「はなしか横丁」という大喜利だった。

2回目のトリは五代目古今亭今輔。私は当時の芸術協会のツートップの噺を体験することができたのだ。

今輔はこの時十八番の『もう半分』を演じた。すごかった。今輔はお婆さんものの新作で売れていたが、私は子ども心に、こっちの方がずっといい、と思ったものだ。

 

『もう半分』を持ちネタにしたのは、大学を卒業してからだ。冬合宿に遊びに行って、そこでネタおろししたのだった。場所は伊豆長岡の東屋旅館。大広間を暗くして口演したのだった。嫌なOBだね。

その時は柳家小三治のテープで覚えた。今輔の型だろう。じいさんが飲む居酒屋は永代橋のたもとだった。

 

今回、金原亭馬生の型で覚えなおした。馬生の『もう半分』は千住が舞台である。千住も千住大橋の南側、現在の南千住だ。

南千住はブログの読者であるmoonpapaさんの地元、私も案内していただいて街歩きをしたことがある。やはりその空気を吸った街は違う。噺の中に入り込んでいける。

また、馬生の『もう半分』がいいのだ。滋味深い。居酒屋の亭主が、八百屋の爺さんに蕗の煮たのを出す場面なんかいいんだよなあ。

 

『もう半分』とはこんな噺である。

 

「もう半分」「もう半分」と酒を飲んでいるうちに娘を売った金を置き忘れてしまった八百屋の爺さん。慌てて戻るが、居酒屋夫婦にそのまま猫ばばされてしまう。失意の爺さんは身を投げて死ぬ。

その金で居酒屋夫婦は店を買い、商売は繁盛する。やがておかみさんは妊娠。ところが、爺さんの祟りからか、あの爺さんそっくりの赤ん坊が生まれた。母親は狂い死に。乳母を雇っても赤ん坊怖さにすぐ暇を取ってしまう。

赤ん坊は夜な夜な行燈の油を飲んでいたのだ。自分の目でそれを確かめた亭主は、思わず赤ん坊に向かって叫ぶ。「おやじ、迷ったな!」

赤ん坊は振り向いて亭主にこう言った。「・・・もう半分」

 

出てくるのは弱い人間ばかり。八百屋の爺さんは酒に負け、居酒屋の亭主は人はいいが女房に負ける。女房は冷酷だが、赤ん坊を一目見るとあっけなく死んでしまう。

 

それにしても救いのない噺だ。

この赤ん坊はこれからどうなるんだろう。身を売った爺さんの娘はこれからどうなるんだろう。そんなことは誰も教えてくれない。演者ですら分からない。「もう半分」でおしまい。ストーリーは投げ出されたまま回収されない。これが落語なんだ。改めて思う。落語はすごい。

4 件のコメント:

moonpapa さんのコメント...

古今亭の噺で千住が舞台の怪奇談というイメージがあったものですから、あまり聞きこんではいませんでした。今輔さんもあまり聴いたことがないのでちょっとした宿題とさせていただきます。千住は、浅草の裏手・吉原にほど近く、また山谷のドヤ街が活気があった頃はガラの悪さから高校時代の同級生が来たがりませんでしたよ。地理的なものと岡場所もあって、場末感のある土地柄が(今はずいぶん健全です)落語に取り上げられる所以なのかもしれないですね。
追記 今は無き栗友亭が残っていたらなぁ…。

densuke さんのコメント...

千住が舞台だと他に「藁人形」がありますね。両方陰気な噺です。
馬生の「もう半分」、いいんですよ。志ん朝も演っていますが、私は馬生の方が好きです。
今輔、志ん生、馬生あたりはYouTubeにあるんじゃないかな。よかったら聴いてみてください。
記事にも書きましたが「救いのない噺」なので、好き嫌いは分かれると思います。

moonpapa さんのコメント...

6月14日 小雨まじり 「もう半分」日和
・今輔さん 人のお金をネコババするのが合点がいくような居酒屋夫婦の人物像と、サゲの赤 子のしぐさ&せりふの表現が腑に落ちますね。 
・志ん生さん 千住の小塚っ原(南千住)が舞台
・馬生さん  「葛西から千住大橋を渡って~帰りに橋の手前で」というセリフから千住南詰       (南千住の注ぎ酒屋が舞台。下町らしいざっかけない店主と気が弱そうで抜け目のない女房。
・志ん朝さん 通新町(千住大橋から上野に向かう日光街道沿いの旧町名)の居酒屋が舞台。人の良い店主とそれを言いくるめる女房という設定。
・小三治さん 今輔さんと同じ永代橋が舞台。
・雲助さん 本所の林町?の煮売り酒屋。ちょっと居丈高な店主といった人物。鳴り物が入るバージョンがあるらしいです。
江戸や亭六月席、楽しませていただきました。登場人物の気持ちの表現が難しい噺だろうと思われますが、よく覚えられますねぇ。この噺、サゲの場面で志ん生親子の「もう半分」というセリフだけよりも、今輔さん・小三治さんの赤ん坊のしぐさとセリフがある方がなんとなく好みかなぁ。酔喬さんの親父の叫び~赤ん坊の表情とせりふのサゲも気味の悪さが伝わってきました。
駄文長々と失礼いたしました。
追記 マクラ、ありがとうございます。「江戸や亭・友の会」なんぞあったら、ねぇ…。 

                        

densuke さんのコメント...

ありがとうございます。
演ってて楽しかったですよ。
救いのない噺ですが、登場人物がそれぞれ弱くて哀れなんですよね。
台詞はほとんど自分で喋りながら作ったのを固めた感じですかねえ。
席は日曜なので、なかなかお休みに合わないと思いますが、いつかご覧いただきたいですなあ。