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2021年8月4日水曜日

夏風邪を引く

職場の冷房がきつかったせいか、夏風邪を引いた。

のどの違和感、37度くらいの微熱、咳が出る。

近くの医院に行ったら、風邪だろうということで薬が出た。

週末にあった伯父の通夜、告別式は欠席。家族との接触も断ち、部屋に籠って快復を待った。

昨日の朝、一向によくならないので電話をすると、大きな病院に行ってコロナの検査を受けるべし、とのこと。

そこで、隣の市の病院に行って診察をしてもらいPCR検査を受けた。

今日の夕方電話が来て、結果は陰性。ほっとした。

5日間の隔離生活。おかげで『老子』を全巻(短いけどね)、漱石の『それから』を読了。石原千秋と小泉陽一の『漱石激読』で『それから』の復習をし、今日の昼からは『門』を読み始めた。本読んで、CD聴いて、PCいじって、の繰り返し。今日は300歩も歩いていない。

夕食は、久々に皆で食べる。鶏のパン粉焼き、ソーメンチャンプルーで、ビールを1本飲む。

夜のニュースを見たら、全国で感染数がすごいことになっていた。

本当にどうなっちゃうんだろう。

部屋の窓から空を見る。

机の周りも大分散らかったなあ。


 


2021年8月2日月曜日

グルメ落語『青菜』

落語には、飲み食いする場面が印象的な演目がいくつかある。

優れた演者が演じると、本当に旨そうで旨そうでたまらない。

その中でも、冬の『二番煎じ』、夏の『青菜』は双璧でしょうな。

今回は、時節柄『青菜』についてお話したい。

お屋敷の仕事をしている植木屋さん、旦那に誘われて縁先で酒をご馳走になる。

酒は上方の友人から送ってもらった「柳蔭」。東京ではこれを「なおし(本直し)」という。焼酎と味醂を割ったもの。それがガラスのコップに注いである。私は飲んだことはないが、いかにも涼しげだ。プールサイドで飲むカクテルのようではないか。

つまみは、鯉の洗い。最近、鯉はあまり流通していないが、その昔、江戸ではグレードの高い魚として重用された。落語でも『狸鯉』で登場するし、黒門町の文楽が演っていた泥棒の小咄では、小料理屋に入った強盗が、鯉の洗い、鯉こくをたらふく食べ、百両の金を請求される。

うちは霞ケ浦が近いので、鯉はご馳走だ。私は、味噌で煮込む鯉こくより、甘辛い醤油味のうま煮が好き。真子(卵巣)が入ったのが、また旨いんだよな。

鯉の洗いは好きだねえ。なんせ小骨を気にせずぺろっといける。さっぱりしてて、きんと冷やした吟醸酒にぴったり。私はちょっと辛子を利かせた酢味噌につけて食べる。

旦那は下に氷を敷かせた。いい工夫だ。確かに氷は解けるが、解ける前にささっと食べられるだけの量が粋なんだと思う。

こういうのを植木屋さんがいちいち感動して飲み食いする。それをうれしそうに見る旦那。いいなあ、ここが『青菜』のハイライトシーン。笑いは少ないが、ここでお客を引き付けておくと後半のドタバタが生きる。

うだるような暑さの中での一服の涼、夏の風情を味わうにはうってつけの噺だな。 

六代目春風亭柳橋や五代目柳家小さんなどが得意にした。柳橋先生の大らかさ、小さんの恬淡な味、どちらも捨てがたい。

個人的には七代目柳橋の『青菜』が思い出深い。柏枝から柳橋先生の後を継いだ人。元は三代目桂三木助の弟子だった。柳橋の謡い調子、三木助の洒脱が匂い立つ高座だった。若い頃は美男子として人気者だったという。2004年、69歳で死去。この人を寄席で見ておいて、本当によかったと思う。

2021年7月29日木曜日

パインリーフ 担々麺

 


大洗町を出てすぐの水戸市にある中華ダイニング・パインリーフの担々麺。

ランチのメニューには載っていないけど、「できますよ」と教えてくれたので、早速注文。



味噌が旨いね。また穴あきのレンゲを出してくれたので、ひき肉をきれいに食べることができた。こまやかな心遣いがうれしい。

サービスのアイス。辛いものの後は、こういうのがうれしいね。

お店は国道51号沿いにある。気さくで居心地のいい店であります。




2021年7月25日日曜日

千成亭に行く


妻と子どもたちと、牛久の千成亭に行く。

閉店か? という情報があったが、「しばらく休業」とのこと。

サッポロラーメンをいただく。旨し。



チャーハンと餃子も一人前ずつとって分けて食べる。

次々とお客がやって来た。

何とか復活してほしい。皆、そう願っているのだと思う。






2021年7月23日金曜日

昨日の日記

昨日の日記。

朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、海苔の佃煮。

今日も晴れて暑い。布団を干す。

昼はキムチチャーハン、春雨スープ。旨し。


午後、車でぶらっと出かける。何となく霞ケ浦の堤防に行く。

沖洲と桃浦の間の辺りに砂浜が復活していた。昔の霞ケ浦が、ほんの少しだけ蘇る。






 そのまま玉造の梶無川まで行き戻って来る。やっぱりカワ(地元では霞ケ浦をこう呼ぶ)はいいなあ。


夕方ビールにハートランドビールを飲む。旨し。(下の写真は別の日に飲んだ時のものですが・・・)


もらいもののグラスで。
底に黄金の富士。

夕食はピザでビール、白ワイン。

寝しなにアイリッシュウィスキー。


今回のオリンピックでの騒動で露わになったのは、いかに我が国が人権というものに理解がないか、ということだった。人間としての権利は、誰もが生まれた時から持っていてそれは尊重されなければならない、ということを、皆が理解すべき時が来たのだろう。もう仲間内の基準ではなく、世界基準で考えなきゃ。

2021年7月21日水曜日

小美玉市野田、若の川留吉記念碑


小美玉市野田、通勤途中で毎日見る石碑。「若の川留吉記念碑」と刻まれている。

どう見てもお相撲さんの記念碑だわな。

ネットで調べたら、瞬時に出てきた。便利な世の中だねえ。


若ノ川留吉。安政7年(1860年)、茨城県東茨城郡(小川町)生まれ。錣山部屋。

四股名は若ノ川留吉から、一時、筑波山留吉を名乗り、また若ノ川留吉に戻している。

明治14年(1881年)5月に初土俵。最高位は西前頭8枚目(明治23年5月)。最終場所は明治37年(1904年)1月。生涯成績は21勝18敗19休4分5預。幕内成績は4場所で5勝9敗19休4分3預だった。

大正4年(1915年)12月17日、55歳で没。


明治22年(1889年)5月場所の幕内番付表も見つけた。本所回向院境内晴天十日の間興行した、としてある。

若ノ川は西前頭9枚目。この場所の成績は2勝1敗3休2分2預だった。

大関は東に劒山谷右エ門、西は一ノ矢藤太郎、張出に大鳴門灘右エ門。小結に小錦八十吉、もちろんコニタンではない。あの四股名は明治から続く由緒ある名だったのだ。

西前頭3枚目には常陸山虎吉。茨城県水戸市出身。この後すぐ出羽ノ海運右エ門に改名する。大酒飲みでどぶろくを好み「どぶとら」と呼ばれた。最高位は前頭筆頭だが、後に明治の大横綱、常陸山谷右衛門の師匠となる人である。

西前頭8枚目には阿武松緑之助がいる。あの落語『阿武松』の主人公と同じ名前である。もっとも落語の方は江戸時代の噺なので、こちらは別人。阿武松という名は年寄名跡になっているけど、何代かは四股名として継承されたようだ。

明治23年(1890年)5月の番付表では、若ノ山は東前頭8枚目。これが彼の最高位となる。この場所の興行は、雨続きと感冒流行のため9日間で終わった。この場所の若ノ川の成績は2勝4敗2休1分1預。

この場所では東の横綱に西ノ海嘉治郎。彼は明治22年当時は西関脇だった。小錦は東の大関に上がっており、大関だった一ノ矢は関脇に落ちている。阿武松の名前はもうない。常陸山から改名した出羽ノ海は東前頭2枚目だった。

明治24年(1891年)1月の番付表では、若ノ川は筑波山留吉に改名して東前頭10枚目張出の幕尻にいる。

一ノ矢はさらに小結に落ちており、出羽ノ海は東前頭5枚目にいた。

これ以降の番付を見たが、筑波山、若ノ川の名前はもう見えなかった。


大きい方の記念碑が建てられたのが大正11年(1922年)3月。多分、小さい方が先に建てられていたんだろう。

大相撲は日清・日露の戦争を経て復興の波に乗る。常陸山・梅ケ谷の活躍で黄金時代を迎え、明治42年には両国国技館が開館する。それまで露天で行われていた大相撲は、東洋一の大鉄傘の下での興行となった。

そのちょっと前、志ん生が生まれた頃に活躍していた力士が、すぐ近くから出ていたんだな。調べてみると色々分かって面白かった。

 

2021年7月18日日曜日

ワクチンを打って来た

朝、パン、紅茶、卵とウィンナーソーセージの炒めもの。パンには那須南ヶ丘牧場のミルクジャムを塗る。旨し。

午前中、ピアノの調律。晴れて暑くなる。

昼はざるそば。

午後、生涯学習センターにコロナウィルスのワクチン接種に行く。さくさくと終わる。注射もそんなに痛くなかった。

大相撲千秋楽。白鵬対照ノ富士の全勝対決は白鵬の勝ち。

白鵬を見ると、さだやす圭の『ああ播磨灘』を連想する。横綱の品格なんか何のその、破天荒に勝ち続ける播磨灘の姿は、数々の批判を勝つことでねじ伏せてきた白鵬に重なる。

朝青龍とのライバル時代、善玉だった白鵬がこういう風になったのも、何らかの形での人種差別的側面が、まるでなかったとは言えないだろう。何だかんだ言っても、幕内優勝45回を数える白鵬が、他の追随を許さない最強の力士であることに異論はあるまい。異論があるとすれば「横綱としての品格」に関わるところだけ。ということは、図らずも、大相撲がスポーツではないことを証明してしまっていると思う。

あの昭和の大横綱、大鵬にはロシア人の血が流れていた。日本プロ野球最多勝投手、金田正一も在日コリアンだったし、最多本塁打記録を持つ王貞治も中国国籍を持つ。「純粋な日本人」であることでしか自尊心を持てないような人間は寂しい。

夕食はワカサギの唐揚げ、ポテトフライ、冷奴でビール、酒。食後に妻とワインを飲む。

夜になって腕が痛くなってきた。 


今日は写真を撮らなかった。そこで、一昨年の今頃の写真。

木の上のミー太郎。