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2017年6月1日木曜日

伊那谷を旅する③ 駒ヶ根温泉

阿智村を出て、駒ケ根市に向かう。宿泊の予定地は中央アルプス駒ヶ岳の麓、駒ヶ根温泉。Iさんとはその宿で落ち合うことになっていた。

私とS君は高校時代、ボランティアサークルに入っていた。私が会長を務め、S君は会計だった。村役場の教育委員会で、私たちのサークルを担当していたのが、Iさんだ。Iさんが企画した子ども会の行事に駆り出されて、私たちは子どもたちのリクレーションの手伝いをした。
そんなことを書くと、よほど真面目なグループだと思われるかもしれないが、メンバーにはヤンキーもいた。リーゼントで胸ポケットに煙草を忍ばせている奴が、子どもたちの前では気のいいお兄さんになったりもしたのだ。

Iさんは数年前、茨城を引き上げて故郷伊那谷へ帰った。
Iさんとの再会を果たすのが、伊那谷へやって来た、大きな理由だった。

Iさんは宿の庭先に来ていた。
「せっかくだから、この辺りを散策しよう」と言うので、荷物を部屋に運び込み、夕飯までの小1時間、ぶらぶらと歩き出す。
Iさんは菅の台バスターミナルの裏手にある吊り橋へ案内してくれた。
「この辺の地形は決まっていてね、まず谷の中央を天竜川が流れ、左右の山から雪解け水が天竜川に注ぎ込む。この流れを、田を切るように流れることから田切と言うんだ。この橋の下の川は大田切川という。」
ちょうどこの季節は雪解け水が勢いよく流れている。水音で大きな声を出さなければ、話ができないほどだった。山は新緑。いい天気。気持ちがいい。



宿に戻って6時から夕食。
まだ明るいうちから飲むビールは最高だ。
テーブルの上には、鮎の塩焼き、鯉のうま煮、すき焼きなどが並ぶ。


窓の外には南アルプスの山々が見える。
鯉の洗いやタラの芽の天ぷらなどが登場すると、日本酒を飲まずにはいられませんなあ。
刻々と暮れなずむ山の景色を眺めながら飲む酒は、そりゃあ旨いに決まってる。


幕末、伊那谷や木曽谷の旦那衆には、平田国学の信奉者が多かった。
水戸の天狗党が京都を目指しての行軍中、この辺りの人たちは密かに天狗党を支援したらしい。天狗党も武田耕雲斎が総大将になってからは軍律も整い、初期のような乱暴な振る舞いをする者はいなくなっていた。却って、後から来た幕軍の方が飲食代や宿代を踏み倒すなどして、評判は悪かったという。
長野県民の参加が多かった満蒙開拓義勇軍の訓練所は、現在の水戸市内原にあった。
伊那谷と茨城とは意外と縁があるのだ。

そんな話や、昔の話、お互いの近況、現在の世相について、いくら話しても話は尽きない。部屋に戻って、茨城の地酒を飲みながら2次会になだれ込む。テレビではG7の会議を終えた我が国の首相が、北朝鮮の脅威をやっきになって訴えていた。テレビを消すと、前の田圃から盛んに蛙の鳴く声が聞こえてきた。そうして伊那谷の夜は静かに更けて行ったのだった。

 ― 夕食の後、温泉に入ったけど、つるつるしていいお湯だったよ。

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