先日、小月庵に寄ったついでに、小川の街を少し歩く。
その昔、霞ヶ浦の舟運で栄えた街。
そのせいか材木屋さんが多い。今を時めく「ジョイフルホンダ」は、ここの本田材木屋が発祥である。
旧小川町と旧玉里村の境が、園部川。ただし、昔、この川は「園部の七曲り」と呼ばれていたほど蛇行していた。その後、改修工事で流れは真っ直ぐになったが、境は昔の流れで決めていたのだろう。小川と玉里はこの川を挟んで、その境がけっこう入り組んでいた。
写真は橋向商店街。橋向というのは玉里側から見て、ということになるんでしょうかね。
こちらは旧園部川付近。その昔は河岸があった。今はその流れは暗渠になっている。
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2013年8月15日木曜日
『まんだら通信』
大福さんからテープが返ってきた。
おまけに、色々送ってくれた。
写真は、そのひとつ。昭和の頃の第1次落研OB会設立当時の会報、『まんだら通信』。
巻頭の、七代目橘家圓蔵師匠の似顔絵は、私が描いた。
この会報で、私はマンガも担当しておりました。それがこちら。
ベタなタイトルですがね。ほとんど実話を、エッセイマンガ風にまとめてみました。
ちなみにこんなミニ知識のコーナーもありました。
こういう情報に需要があったかどうかは定かではありません。
その後、第1次OB会は、あえなく立ち消え。『まんだら通信』も第2号までしか続きませんでした。
他に、対外発表会「みな好き会」の時に出していた『与太郎』のコピーも送っていただきました。
いやあ懐かしいやらこっ恥ずかしいやら、大福さんありがとうございました。
おまけに、色々送ってくれた。
写真は、そのひとつ。昭和の頃の第1次落研OB会設立当時の会報、『まんだら通信』。
巻頭の、七代目橘家圓蔵師匠の似顔絵は、私が描いた。
この会報で、私はマンガも担当しておりました。それがこちら。
ベタなタイトルですがね。ほとんど実話を、エッセイマンガ風にまとめてみました。
ちなみにこんなミニ知識のコーナーもありました。
こういう情報に需要があったかどうかは定かではありません。
その後、第1次OB会は、あえなく立ち消え。『まんだら通信』も第2号までしか続きませんでした。
他に、対外発表会「みな好き会」の時に出していた『与太郎』のコピーも送っていただきました。
いやあ懐かしいやらこっ恥ずかしいやら、大福さんありがとうございました。
2013年8月12日月曜日
落語の「演技力」
若い落語ファンのブログを読んで、ふと、「演技力」という言葉に違和感を持った。
私がオールドファンなのかもしれないが、それに相当する言葉は「人物描写」であったはずだ。
彼は、例えばこんなもの言いをする。「柳家喬太郎の演技力に感動」というように。確かに喬太郎の落語には「演技力」という言葉がふさわしい。
でも、そんなところに、喬太郎の落語に対する、私の違和感がある。 私は柳家喬太郎の芸は、落語というより演劇だと思う。落語はあくまで「喋り」あるいは「語り」であって、一人芝居ではない、と思う。
落語は演劇とは違い、客席を暗くしない。客の顔が見えないと演りづらいのだ。客の反応を見ながら、それに合わせて演じるのが落語。役になりきるのが全てではないのだ。
そういうことを考えていたら、立川談志が昔、こんなことを書いていた。
「落語と言う話芸は、ありがたいことに一つの形やルールが伝統の上に出来上がっており、客はその形やルールを理解してくれているからこそ、人物が替ったように見てくれているだけなので、自分が演じる人物の気持ちになって、感情移入をして演っているわけではない。感情移入はルール上の感情移入なのである。/この、実は役になりきっていないことの楽しさが落語の魅力で、またそれが落語の粋な演じ方であり、それを味わうのが落語通であった。」(『あなたも落語家になれる』より)
ただ、この文章はこう続く。 「ところがテレビに映ると、その楽しさであった演じ方が逆に劇中の、駄目さ加減として映り、目立ってしまう。」
これは1985年当時のテレビにおける落語での現象だが、現在では現実の高座でもそうなのだろう。つまりは、そういう感性を持つ観客が多くを占めるようになった。それにつれて落語も「演劇的な」方向に変質したのだ。立川志の輔や柳家喬太郎の落語(立川志らくは劇団を結成したっけ)が圧倒的な支持を受けるような土壌が醸成されているのが、現代の落語なのかもしれない。
私はそれに異を唱えたいわけではない。落語はそのように変質することで(進化と言うべきか)、「伝統を現代に」という理念を体現しつつあるのだろう。
ただ、その方向で、晩年の談志が希求した「江戸の風」が吹くかどうかは分からないけど。
私がオールドファンなのかもしれないが、それに相当する言葉は「人物描写」であったはずだ。
彼は、例えばこんなもの言いをする。「柳家喬太郎の演技力に感動」というように。確かに喬太郎の落語には「演技力」という言葉がふさわしい。
でも、そんなところに、喬太郎の落語に対する、私の違和感がある。 私は柳家喬太郎の芸は、落語というより演劇だと思う。落語はあくまで「喋り」あるいは「語り」であって、一人芝居ではない、と思う。
落語は演劇とは違い、客席を暗くしない。客の顔が見えないと演りづらいのだ。客の反応を見ながら、それに合わせて演じるのが落語。役になりきるのが全てではないのだ。
そういうことを考えていたら、立川談志が昔、こんなことを書いていた。
「落語と言う話芸は、ありがたいことに一つの形やルールが伝統の上に出来上がっており、客はその形やルールを理解してくれているからこそ、人物が替ったように見てくれているだけなので、自分が演じる人物の気持ちになって、感情移入をして演っているわけではない。感情移入はルール上の感情移入なのである。/この、実は役になりきっていないことの楽しさが落語の魅力で、またそれが落語の粋な演じ方であり、それを味わうのが落語通であった。」(『あなたも落語家になれる』より)
ただ、この文章はこう続く。 「ところがテレビに映ると、その楽しさであった演じ方が逆に劇中の、駄目さ加減として映り、目立ってしまう。」
これは1985年当時のテレビにおける落語での現象だが、現在では現実の高座でもそうなのだろう。つまりは、そういう感性を持つ観客が多くを占めるようになった。それにつれて落語も「演劇的な」方向に変質したのだ。立川志の輔や柳家喬太郎の落語(立川志らくは劇団を結成したっけ)が圧倒的な支持を受けるような土壌が醸成されているのが、現代の落語なのかもしれない。
私はそれに異を唱えたいわけではない。落語はそのように変質することで(進化と言うべきか)、「伝統を現代に」という理念を体現しつつあるのだろう。
ただ、その方向で、晩年の談志が希求した「江戸の風」が吹くかどうかは分からないけど。
2013年8月8日木曜日
追憶のチキンライス
復権を果たした洋食といえば、オムライスがあるね。
昔ながらの紡錘形をしてケチャップつけたやつもあるかと思えば、ふわとろデミグラスソース添えなんてのもあるし、中にはオムカレーなんてのもある。
それに比べれば、チキンライスといのは、甚だ地味だ。貧乏臭いと言ってもいい。
ただのケチャップ炒め御飯でしょ、と言われればそれまで、といった感もある。
だがね、チキンライスの旨いのは、これがまた旨いの。
私がチキンライスに目覚めたのは、昔、牛久の市役所の近くにあった「のぶちゃん」という洋食屋。ここのは旨かった。メニューにはオムライスもあったが、チキンライスの旨さの方が魅力だった。鶏肉とマッシュルーム、ケチャップの絶妙な絡み具合、バターが効いているのがよかったなあ。
小さい店であった。お新香と味噌汁が付いてくるような、至って庶民的な店であった。
今はない。
それから、店でチキンライスを食べていない。
下は当時描いた絵です。
昔ながらの紡錘形をしてケチャップつけたやつもあるかと思えば、ふわとろデミグラスソース添えなんてのもあるし、中にはオムカレーなんてのもある。
それに比べれば、チキンライスといのは、甚だ地味だ。貧乏臭いと言ってもいい。
ただのケチャップ炒め御飯でしょ、と言われればそれまで、といった感もある。
だがね、チキンライスの旨いのは、これがまた旨いの。
私がチキンライスに目覚めたのは、昔、牛久の市役所の近くにあった「のぶちゃん」という洋食屋。ここのは旨かった。メニューにはオムライスもあったが、チキンライスの旨さの方が魅力だった。鶏肉とマッシュルーム、ケチャップの絶妙な絡み具合、バターが効いているのがよかったなあ。
小さい店であった。お新香と味噌汁が付いてくるような、至って庶民的な店であった。
今はない。
それから、店でチキンライスを食べていない。
下は当時描いた絵です。
2013年8月7日水曜日
2013年8月4日日曜日
小月庵 ミニカツ丼ともり蕎麦
今日は妻子が子ども会の行事で出かけたので、お留守番。
昼は小川の小月庵に行って食べる。久し振り。
町の正しいお蕎麦屋さんだ。安くて旨い。
ミニカツ丼ともり蕎麦。これで800円ですよ。
私はねえ、色んな所でカツ丼を食べましたが、私にとってはここがナンバーワンですな。
肉厚のカツに卵が絶妙に絡んでくる。少し甘めの味付けが、すごく優しく感じるんだよね。
蕎麦も食べたかったので、もり蕎麦も付けたんだけど、蕎麦もまた旨いよお。
大事にしたいお店です。
昼は小川の小月庵に行って食べる。久し振り。
町の正しいお蕎麦屋さんだ。安くて旨い。
ミニカツ丼ともり蕎麦。これで800円ですよ。
私はねえ、色んな所でカツ丼を食べましたが、私にとってはここがナンバーワンですな。
肉厚のカツに卵が絶妙に絡んでくる。少し甘めの味付けが、すごく優しく感じるんだよね。
蕎麦も食べたかったので、もり蕎麦も付けたんだけど、蕎麦もまた旨いよお。
大事にしたいお店です。
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