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2015年9月21日月曜日

秋の土浦散歩


先日、土浦に佃煮を買いに行った。せっかくなので、1時間ぐらいぶらぶらする。
土浦を歩くのは久し振り。秋空の下、気持ちよく散歩できました。

まずはモール505から、武蔵屋の交差点に出る。

モール505。土曜の昼下がり。

うっすらと武蔵屋の文字。

武蔵屋を裏から。

この看板絵がたまんない。

美しい造形だねえ。

店構えはこんな感じ。

NTTの前から裏道に入る。街歩きは裏道を歩かなきゃ。

そうは見えないが、写真屋さん。
営業はしていないのかな。

幸福稲荷。いい名前です。

風情のある通りでしょ。


お店を裏側から見るのも面白い。

私の好きな中城通りへ向かいます。

中城通りの入り口にある、ほたて食堂。
車の手前に見えるのが、この辺りを流れていた川に懸っていた橋の名残り。

中城通りといえば、吾妻庵総本店。

その後、桜町をちょっとだけ。



こちらは鰹節屋さん。

店先にごろっと鰹節が置いてある。

それから、駅前通りに戻って、「こまつや」さんで美味しい佃煮を買いました。

2015年9月16日水曜日

柴沼醤油


土浦市、柴沼醤油。
醤油の俗称を「むらさき」というが、紫峰筑波の麓で醤油の醸造が盛んだったことが、その語源のひとつとされている。
その中の醸造元で、いちばんの老舗がここ。主要商品はその名もずばり「紫峰」である。
外まで大豆を煮る匂いと醤油の匂いがしてくる。いい匂いだな。昔、村内を通る国道沿いに、おかめ納豆の工場があって、いつも大豆を煮る匂いがしていたのを思い出す。

こちらは、いかにも老舗といった風情。

1688年創業。
紋は亀甲に正の字が入る。これは土浦城が亀城と呼ばれたことに由来する。
醤油醸造元に亀甲印が多いのは、ここが元祖とのこと。
(アド街情報です)


古い醤油樽が無造作に転がっておりました。

前の山に隠れてちょっとしか見えないけれど、紫峰筑波です。

2015年9月14日月曜日

町角の神様

この頃、散歩の中、神社や祠などに目が行くようになった。
立ち止まっては手を合わせる。
我々の日々の営みを、そっと見守っている神様がいてくださる。それがありがたい。

では、まず川崎市多摩区升形の天神社。大学へ続く坂の途中にある、この辺りの鎮守様。



映画『転校生』に出てきそうな石段です。


川崎市幸区、学生時代のアパートがあった路地を抜けると、お稲荷様がありました。


こちらは和泉多摩川商店街にあったお稲荷様。

狛江の畑の側にあったお稲荷様。
お稲荷様は商売、農業の神様。だから、商店街にも畑にもあるのだ。

木の根元に小さな石仏が立つ。

2015年9月9日水曜日

和泉多摩川から狛江へ

8月の炎天下、久し振りに和泉多摩川から狛江まで歩いた。
和泉多摩川は、小田急線で多摩川を渡って、東京都最初の駅。
私は学生時代、この駅に何度となく下りた。この辺りは私が最も足繁く通った所である。小文治さん、弥っ太君、牛丼君が歴代住んだアパートがあったからだ。
あんなに通ったのに、ほとんど覚えていない。でも、歩いているうちに記憶って蘇るんだよなあ。

では、あの猛暑日、ふらふらになりながら撮った写真を掲載します。

和泉多摩川駅前の商店街。

河原のグランド。
ここで落研で草野球をやったことがある。


畑がまだ残ってた。
この近くに、昔、バッティングセンターがあったなあ。

昔、よくワンカップを買った酒屋さんの塀にあったポスター。
ちょっと怖いけど、やってみようかなあ、という気にさせますな。

狛江に近づいてきました。

狛江駅近くの路地裏。
卒業後、ここでばったり、ゼミで一緒だった、ガラモンSさん(女性です)に会ったことがあります。

狛江の駅前。

よく見ると、窓辺に盆栽。シブいなあ。
看板のフォントも素敵。

この「立ち吞みや」の建物も古いよ。
営業してんのかねえ。

まあ、あんまり需要のない記事だとは思うけど、私にとってはけっこう大切な場所だったりするのですよ。


2015年9月6日日曜日

上野「じゅらく」のナポリタン


上野「じゅらく」のナポリタン。
行きの電車で、ずっと伊丹十三の『女たちよ!』というエッセイ集を読んでいた。その中の「(日本では)多くは、スパゲッティの名を借りた炒め饂飩の域を出ないのであります」なんていう文章をさんざ読んだ後、ナポリタンを頼むのだから、私も自虐的というか皮肉屋というか、でありますな。
そして、出てきたのがこれ。ピーマン、玉ねぎ、ベーコン、マッシュルームを炒め、目玉焼きとウィンナーソーセージをあしらった、昔ながらのナポリタン。で、これが「炒め饂飩」かというとさにあらず。きちんと麺に腰がある。アルデンテに茹でてあるのよ。絡めてあるのもケチャップというより、ちゃんとしたトマトソース。
伊丹さん、あなたがきちんと物申してくれたおかげで、日本の洋食もしっかりと進化していますよ。
これに粉チーズとタバスコをかけていただく。もちろん生ビールをのみながら。たまりませんな。旨し、でした。

ではアップで。

向こうっ側にあるのは、長男が食べているハンバーグオムライスです。

この横断歩道を渡った所に「じゅらく」があります。


西郷さんの銅像の下に「レストラン聚楽台」があった頃。
ここで息子に御飯食べさせながらビールを飲んでみたかった。

もう1枚。1998年当時の上野駅前です。






2015年9月3日木曜日

山の上大学への道

川崎のアパートから大学へ行くのには、まず南武線で登戸出る。
大学の最寄駅は小田急線向ヶ丘遊園駅だ。登戸からは一駅しかない。
だから、最初の内は電車賃を節約して登戸から歩いて大学へ行った。
ま、そのうち遊園までの定期を買ったけどね。
この間、炎天下に歩いた時は、その時を思い出して登戸から歩いたのだが、さすがにきつかったね。
では、その時撮った写真です。

登戸駅の辺りも大分きれいになったけど、この一角は昔のままだ。

この鰻屋さんも昔からある。

向ヶ丘遊園駅南口。

駅前にガッツポーズをとっているような裸婦像がありました。
日付を見ると学生時代にはあったみたい。覚えてないなあ。

何てことないどぶ川だけど懐かしい。

雀荘「平和」があった辺り。

踏切の向こうに「レストラン民衆」があった。
今も看板だけ、残っていた。

さて、ここから上り坂になっていきます。
セブンイレブンができたのね。
「心臓破りの坂」は大福さんのブログを見てください。

旧「森永食堂の上にある生田会館。

この奥に高山T君が最初に住んだ「西本荘」があった。
さらに行くとゼミ長のアパートがあったんじゃないかな。

2015年9月2日水曜日

鈴本演芸場 8月下席 昼の部(仲入りまで)



夏休み最後の土日。次男が風邪を引いた。このまま2日とも家にこもっているというのも長男が可哀そうだから、お父さん寄席にでも連れて行ってあげなよ、と妻が言う。
そこで、ありがたくお出かけをすることにした。 

11時過ぎに上野着。駅前のじゅらくで昼飯。長男は好物、デミグラスソースのハンバーグオムライス。私は生ビールでナポリタン。
ちょっと上野公園をぶらぶらして鈴本演芸場へ。2度目の「親子で寄席」である。 

前座は柳家あお馬、『金明竹』。小せんの弟子か。すっきりとした口調。この頃の前座さんは達者だね。上方弁の言い立てで中手が来ていた。
二つ目は柳家わさび。こちらはさん生の弟子。軽くて明るい。『饅頭怖い』、口調に特徴があって面白い。
ここで太神楽が入る。翁家勝丸。座っての高座。難しい芸になると緊張しているのが分かる。だが、喋りが楽しく、明るく素直な感じが好ましい。客に好感を持たせるってのも一つの武器だな。
ここで古今亭菊丸登場。もうベテランの域か。余裕たっぷりに『親子酒』を演じ、客を沸かせた。
お次は古今亭菊太楼。故圓菊門下が続く。落語協会HPに載せてる写真より大分太ったねえ。ネタは今や古今亭のお家芸『強情灸』。勢いのある高座だ。
漫才、ホームラン。東京漫才の中心的存在としての風格が出て来たね。勘太郎がヒーローものを、たにしが藤木孝「ツイストNO.1」を歌う歌う。自在に高座で遊ぶ感じが、ちょいと昭和のいる・こいるを彷彿とさせる。
待ってました、川柳川柳。ネタは言わずもがなの『ガーコン』。前でホームランがたっぷり歌ったのに触発されたか、川柳も軍歌を歌い倒す。今年は戦後70年の節目ということで、あの戦争について丁寧に触れていく。「何しろ勝ってたのは最初の半年だけ、後の4年はずーっと負けっぱなしだったの」「戦争中は言論の自由も人権も、まるでなかった。嫌な時代でしたな」… 開戦時、10歳だった人の言葉だけに重みがある。あの戦争を美しい物語にしちゃあいけない。
そして、終戦後のジャズのはじけっぷりたるや、口ベース、口トランペット、もう最高。この日は立ち上がって、田舎のお父つぁんの足踏み脱穀機、ガーコンの仕草もやってくれました。御年84というから恐れ入る。声量こそ落ちたものの、歌詞や台詞も淀みなく、口跡も確か。すごい爺さんだ。川柳を聴く幸せに、暫し浸る。
お次は三遊亭歌武蔵の代演で柳亭燕路、『粗忽の釘』。桂小文治さんとともに日暮里特選落語会のメンバー。先代は地味な学究肌。当代は明るく軽妙洒脱。この芝居は明るい芸風の人が多いね。
ここで色物が入る。音楽パフォーマンス、のだゆき。鍵盤ハーモニカで、「車のクラクション」や「救急車のサイレン、ドップラー効果付」、「コンビニの自動ドアが開いた時の音」なんてのを弾いたり、二本のリコーダーをいっぺんに吹いて『剣の舞』なんてのを演奏したりする。喋りも上手い。吹奏楽部の長男は、随分気に入っていた。
仲トリは橘家文左衛門。2001年9月真打昇進と時を同じくして、師匠文蔵が死去。その後大きな後ろ盾もなく、自らで道を切り拓いてきた。たくましく、ふてぶてしく、無頼の香りがある。ネタは『道灌』。この前座噺をしっかりと聴かせるんだな、これが。八つぁん、隠居、八の友だち、三人の登場人物が、生き生きと躍動する。しかも、この、『子褒め』みたいに受けるわけでもない噺で、きちんと笑いを取っている。大したもんだ。53歳、脂がのってきた。落語家としていちばんいい時期だね。来年秋には師匠の名前を継いで、三代目橘家文蔵を襲名するという。これからどんどん大きくなっていく人だと思いますよ。長男も、この人がいちばん面白かったと言っていました。

残念ながら今日はここまで。帰って皆で晩御飯を食べなきゃ、家に残った次男が可哀そうだ。
上野駅でお土産を買って帰る。楽しかったよ。今度は皆で行こうね。

西郷さんの銅像。
私は学生時代、ここで「兄ちゃんいい仕事あるよ」と声を掛けられました。