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2021年12月6日月曜日

石岡市旧八郷町地区の火の見櫓

石岡市旧八郷町地区で火の見櫓をいくつか見つけたので、紹介します。

まずは半田の火の見櫓。なかなか立派。うれしくなっちゃった。





お次は恋瀬から善光寺楼門へ行く途中に見えた火の見櫓。山里の風景に溶け合っていい雰囲気でした。




こちらは瓦井。


最後は小幡。


2021年12月5日日曜日

八郷ドライブ、善光寺から有明の松、そして圓丈が逝った

朝、マフィン、スープ。地区のゴミ拾い。

妻と次男は義父の墓参りに牛久へ行った。

私は、長男がアルバイト先の会食に出る、というので八郷の山の方へ送って行く。(長男はアルバイトの往復でしか車を運転していない)

長男を降ろして、私は八郷盆地の北の方をドライブすることにする。

ドライブのお供は、この前100円で買った中古CDのママス&パパス。空気の乾いた冬の日によく似合う。


お山は紅葉。

国の重要文化財になっている善光寺楼門に行く。




奥の石段を上る。上には本堂らしき建物がある。ところが・・・。




映画『羅生門』のセットのように荒れ果てていた。ちょっと現実ではないみたい。立派なお堂だったと思われるのだが。(ネットで調べたら、特撮もののロケ地になったらしい)

「月光山」の額。

同じ敷地内に神社があった。



夢を見ているような気分で石段を下りる。


そろそろお昼。近くの蕎麦屋に入る。盛りせいろ、800円。本格派、旨し。



この辺りは、あの銘酒「渡舟」の酒米を作っている所だ。



恋瀬から有明の松へ。今はもう松は枯れてしまって、石碑だけがある。



その昔、難台山で合戦があった。難台山のお城は落ち、城主は討ち死に。城にいた婦女子は落城前に落ちて行った。山道を夜通し歩き、麓の松の大木の下で休んだ。その時の夜明けの空があまりに美しかったので、自分たちの行く末もそれにあやかりたいと思い、この松を「有明の松」と名付けたという。

あの山から娘たちは逃げて来たんだね。

この近くに高校の同級生がいて、よく遊びに来た。この辺りの風景が好きだった。

筑波山。


1時頃家に着く。妻と次男は2時頃、長男は3時頃帰って来た。

妻とテレビを見ながら「お疲れ生」の夕方ビール。『孤独のグルメ』の最後の方を見る。


引き続きぼんやりニュースを見ていたら、三遊亭圓丈の訃報を知る。76歳、まだ早いよなあ。『ぼくはグリコ少年だった』『悲しみは埼玉に向けて』『パニック・イン落語界』『夢地獄』・・・、ゴリゴリの古典派落研部員だった私にとって、彼の作る新作落語は衝撃だったな。彼の後には柳家喬太郎や三遊亭白鳥、林家彦いち等が続いた。彼がいなかったら、今のような新作落語は存在しなかっただろう。でも、圓丈は大御所然とすることなく、いつでも本気でウケようと、のたうち回っていた。ずっと彼は闘う落語家だった。圓丈師匠のご冥福を祈る。


夕食は、カスミの焼き鳥、千成亭の餃子とニラレバ炒めで燗酒。食後にアイリッシュウィスキー。


ネットを見て、圓丈が認知症だったということを知った。2019年5月の浅草演芸ホールで『強情灸』を演った時は、見台に台本を出していたが、そういう事情があったのか。この1年近く高座に出ていなかったという。

圓丈、もういないのか。寂しいなあ。

2021年12月4日土曜日

虎屋の羊羹

朝、昨夜のすき焼きのつゆでうどん。

朝いちで床屋。散歩がてら歩いて行く。


 紅葉がきれい。


妻の言い付けに従い、自分の机周りの片付けをする。もはやいつのだか分からないフロッピーディスクなどを、やいやっと処分。百均で収納ボックスを買って来て、紙袋に入れていた資料を整理。大分すっきりしたかな。発掘した本をぽつぽつ読む。

昼は妻が作った海苔巻き。冷凍唐揚げも旨いね。

おやつに川崎の親戚からお歳暮で頂いた虎屋の羊羹を食べる。番茶をすすりながら羊羹とは、おれも枯れたねえ。


「お疲れ生です」と、妻と夕方ビール。

夕食はさんまの煮たの、チャーシュー、さつま揚げの煮物で燗酒。

食後に妻ともう少し飲む。私はアイリッシュウィスキー。

寝しなにアイリッシュウィスキーを飲む。

2021年11月29日月曜日

つくば市北条 あおやま

この前、長男とつくば市北条を歩いた時は、うどんを食べた。

常陽銀行の向かいにある、あおやま。

知っていて行ったわけではない。ふと見つけたのである。間もなくお昼時だったし、わざわざ車に乗って移動しなくても、ここでいいか、という軽い気持ちで入ったのである。あとでネットで調べたら、評判の本格うどん屋さんだったのね。

入って見ると、ちょうど満席。でもそれほど待たずに席につけそうだ。椅子に座ってしばし待つ。

その間に注文を取りに来る。メニューは釜揚げとざるの二種類。サイドメニューにおにぎりがある。量は大が普通盛りとのこと。息子と二人、釜揚げの大をオーダー。麺は太と細を選べるが、おすすめの太にした。

程なく席が空く。すぐに薬味の生姜が届く。生姜を擦り、佃煮をつまみながらうどんが茹で上がるのを待つ。


やがて釜揚げうどん大(780円だったと思う)が到着。



 まずは何もつけず、うどんを1本。もちもち。小麦の味が口中に広がる。

つゆは徳利に入っている。ずっしりと重い。これが使い放題。つゆは甘からず、きりっとした味わい。出汁が濃厚。旨いなあ。


あとはずるずると無心にすする。少食の長男もぺろっと食べた。

接客も丁寧で気持ちよかった。お客も後から後から入って来た。人気店なんだなということがひと目で分かる。


古い商家をリノベーションしたのかな。たたずまいもいいね。今度はうどん好きの妻を連れて行こう。

2021年11月28日日曜日

中古CD、小圓朝と圓蔵

朝、パン、スープ、卵とウィンナーの炒めもの。


この前買った中古CD、三代目三遊亭小圓朝『富士詣り』『のめる』『一目あがり』『後生鰻』、七代目橘家圓蔵『しめこみ』『紀綿散』『あんま小僧』『浮世風呂』を聴く。

対照的な二人。小圓朝は、三遊派の頭取だった二代目の倅。若いうちから将来を嘱望され、橘家圓喬夫人からは「お前なら圓喬をあげるよ」と言われたという。

かたや圓蔵は転々と職を変え、八代目桂文楽に弟子入りするもクビになり、吉原の牛太郎を経て名古屋で幇間になった挙句、戦後になって文楽に再入門を果たした。

小圓朝がサラブレッドなら、圓蔵は地方競馬出身の叩き上げといったところか。ちなみに小圓朝は東大落研の技術顧問、圓蔵は私の落研時代の技術顧問(というわけで以後、師匠と呼びます)と、こちらも対照的。

小圓朝はさすがに巧いな。何ともいえない、いい間、調子。ただ演劇性はないので、今の若い人には「演技力がない」と言われそう。明治大正の香りがいい。

圓蔵師匠、この録音はいいなあ。明るくって軽くって面白い。正直、小圓朝より面白かった。昭和38年~昭和45年の音源。私たちの現役の頃はもう晩年で、声が小さくて聞き取りにくく、ストーリーを追うのに手間取った。寄席ではいかにも長老という味があったな。でも、真打になった頃の月の家圓鏡時代は爆笑派で売れていたという。当時は意外に思ったものだが、このCDは、それを裏付けている。確かに師匠の噺は面白い。『しめこみ』なんか師匠文楽を思わせるリズムがあって(黒門町のような迫力はないが)、聴いていてうれしくなった。『浮世風呂』の歌も圓生のように本寸法ではないけれど、聴いていて楽しくなった。そこに幇間だった師匠がいたよ。これは掘り出し物だったな。


昼は、この前次男がお土産に買って来た、ひもかわうどんを食べる。食べがいがあるねえ。旨し。


インパクトあるなあ。


午後は車のタイヤ交換。

見事な夕焼け。ここ数日でめっきり寒くなった。昨日の記事は「里の秋」というタイトルだったが、もう冬だね。




妻と夕方ビール。ガッキーがCMをやっているやつ。まろやかだね。旨し。

夕食は父が買って来た刺身と、妻が揚げた天ぷらで燗酒。旨し。

食後に妻ともう少し飲む。私はアイリッシュウィスキー。

2021年11月27日土曜日

里の秋

朝、パン、スープ、卵とウィンナーの炒めもの。パンは柿ジャムをつけて。

修理に出していた車を取りにつくばに行く。

久々に自分の車でドライブ。桜川市真壁の名刹、薬王院へ行ってみる。

仁王門。

本堂。

三重塔。成田山の三重塔を作った棟梁の作とのこと。

782年創設。けっこう参拝客が来ていたな。紅葉がきれいだった。

奥に見えるのは筑波山。

山の麓にはつくし湖という小さなダム湖があって、そのほとりにつくし亭という蕎麦屋がある。お昼はそこで盛り蕎麦を食べる。





真壁から湯袋峠を越えて石岡市八郷地区に向かう。「里の秋」といった風景が続く。


日光連山は冠雪しておりました。

湯袋峠を越えて、石岡市小幡に出る。

柿岡の街を歩く。旧八郷町の中心、八郷盆地の真ん中にあり、地域の産物が集まって来たのだろう。いい街並みだが、好きだった建物がいくつかなくなっていた。しょうがないよな。


路地の奥に観音堂。


街の中ほどにある八坂神社。



街角のペコちゃんはクリスマス仕様。


銅山堂でお土産にロールケーキを買って帰る。

2015年の柿岡。この建物、大正館はなくなっておりました。

今夜、妻は女子会。夕食は作って行ってくれた石狩鍋で燗酒。バターを入れるとまた旨いのだよ。